■ 日本という国について↓~古事記vs日本書紀、“日本教穏健派”^^の説く「八紘一宇」~
◎ 古事記とmanadara画伯 (ブログ「ねずさんの ひとりごと」より)
―― 「在日渡来勢力が、(中略)微妙に国史を書き換えて作ったのが『日本書紀』なのではないか」との考えは、おもしろいですね。たちまち一つの物語が(脳内に)できあがります^^
◎ 「八紘一宇」のこと (同上)
◎ 日本人として国の原点を知ることが大切 (同上)
◎ 石原莞爾「最終戦争論」を読んでの所感 (同上)
◎ 石原莞爾「最終戦争論」 (同上)
◎ 階級闘争主義と信頼主義 (同上)
―― ブログ主ねずさんのことを“日本教 穏健派”にあたる人と勝手に見立てていますが^^;、やはりその感を強くしています。すると、「八紘一宇」についても、(「日帝」まわりのきな臭いイメージが剥がれ落ちて)日本書紀由来の伝統ある平和主義思想であることがよくわかります。
直上記事のタイトルに「信頼主義」とあるのは、“日本教”の最高預言者ともいえる聖徳太子にちなんで「聖徳主義」とか、あるいは「尊和主義」とかすると、バタ臭さがとれて自分的にはよりしっくりきます^^
そしてこの、“日本教穏健派 ”(≒国家神道にまで政治イデオロギー化しない生活密着型のプリミティブな神道をいわば心柱として胸中にいだく市井の多くの人びと。〔葬儀においてはもっぱら各種仏式を採用^^:〕)において穏やかに標榜する「八紘一宇」を基本理念とした地球世界(グローバルワールド)の希求が、日本式NWOのいわば心柱になるであろうと推察されます。
ただ、その際のプロモーター的役割は、“日本教穏健派”よりもアクティブないわゆる“日本教世俗派”(=既存の経典宗教との関係においても、いわば共同住宅の共用部分のような役割として共存可能なベーシック・レリジョンを体現する人びとで、国際感覚も豊か)になろうかと思われます。(ここら周りの詳細はまた後日思いついたときに…微笑)
「如何なる犠牲を払っても、われわれは代償を求めるのではない、本当に日支の新しい提携の方針を確立すればそれでよろしいということは、今や日本の信念になりつつあります。
明治維新後、民族国家を完成しようとして、他民族を軽視する傾向を強めたことは否定できません。台湾、朝鮮、満州、支那に於て遺憾ながら他民族の心をつかみ得なかった最大原因は、ここにあることを深く反省するのが事変処理、昭和維新、東亜連盟結成の基礎条件であります。
中華民国でも三民主義の民族主義は孫文時代のままではなく、今度の事変を契機として新しい世界の趨勢に即応したものに進展することを信ずるものであります。
今日の世界的形勢に於て、科学文明に立ち遅れた東亜の諸民族が西洋人と太刀打ちしようとするならば、われわれは精神力、道義力によって提携するのが最も重要な点でありますから、聡明な日本民族も漢民族も、もう間もなく大勢を達観して、心から諒解するようになるだろうと思います。」
(抜粋了)
・・・ん? くしくもテレビでは、東京大空襲のドラマをやっていますね。そういえば今日はその日だったか・・・? いや、3月10日の最大被害(10万人超のジェノサイド) を意識した放送日、ということのようだな・・・
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