これを観て思ったのは、DNAによって人体は形成されているわけだけれども、他の生物種も基本はDNAから組成されていることからすると、生物の本当の主役はやっぱりDNA、というか種に応じたDNAの構成パターン、つまりゲノムそのものなんだあ・・・といった印象。
そう考えると、ゲノムは遺伝情報のかたまりだから、物理的には負のエントロピーの実例といえそうな気もするし、これらの共通するものがいわゆる生命現象だと仮定すると、粒粒とエナジーが大好きな物理学の世界にも、負のエントロピーを通じて「生命原理」ともいうべき(仮の^^)概念が導入できるなあ・・・と想ったり。
それと、最強スパコンを頭脳としたナノレベルの無数のロボットアームを使って、ゲノムの構成を直接あれこれいじって、たとえばまったく新しいタイプの人類を“製作“することも、原理的にはできるはずだなあ・・・とも想いました。それってたとえば、どこぞの由緒ある宮殿の奥の院を支配しているらしいレプティリアンとか(爆)
それはさておき、ゲノム(遺伝子パターンの集積体)が性システムや代謝システムなどで自己複製を続けていくことが生命活動の(物質的側面における)根本現象だとすれば、コピーする際に環境の変化に応じてゲノム構成の微調整を加えることで、より安定的に適用しようとする機能もまた、DNAのある一定の塩基配列群として“記述”されているのだろうか。そのゲノムがアプリオリにサバイバルすべきものとして・・・言い換えれば、それ以上の理由などない、ただそういう存在(システム)として。
夢想家としてはそこらへんがちょっと気になる。そこで想ったのは、ゲノムをゲノムたらしめているものが別にあるはずだ、ということ。端的にいえば、“神”と呼びならわされている(超越的な)存在・・・それは民族や文化によってその顔はさまざまだけれども。加えて、先の「生命原理」ともいうべきものとこの“神”と呼びならわされているものも、案外同じものの表と裏の関係のような気も・・・。
うーん、そこまでくるとやはり、真言密教の華厳の世界・・・あるいはその線上を遡上して、ヒンズーの「宝石の網」の世界まで、すーっと一気にいっちゃうなあ^^; 言い換えれば、波動循環と多様共生の織りなすビビッドな世界。そして、そこに透かし絵のように浮かび上がる道〔タオ〕の絵模様(ちと古い本ですがこれを機に読み返したら中身は今でも古くない!^^)。
その2極点は同時にまた表面を波立たせながら絶えず伸縮し回転する楕円体でもあるような宝石の網でもあり、その光は華厳の光それ自体に還流し続ける世界。あるいはそれは、タゴールやウイリアム・ブレイクの詩的宇宙を彷彿とさせる世界。
おっと・・・ずいぶんと妄想を膨らませちゃいました(笑)
・・・そうそう、もちょっとまともな感想を書くとすれば^^:、
どこかの大陸国では、PM2.5をふつーに吸い地溝油や都市周辺の地下水をたっぷり飲んでも全然だいじょうぶな“超人類”が遺伝子の変化によって出現し、やがて優勢になるっていうことも、この番組を観ているとマジでありそうです^^;
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