この記事もまた、アメブロで綴った長文つぶやきの転載です。
なのでたとえば、「地球の原理」などの高邁なお考えを唱導しておられるこちらのブログ様や一つ目由来のあの“Thrive”や、その他あらゆる個人・団体の主張や活動に加担したエントリーではありませんので、誤解のないようあらかじめ申し添えます^^:
ということで私のシゴト(私事)のための備忘として、以下の妄言風記述をここにも転載しておきます。
2013-04-11
きのうのネット散策でふと立ち止まったのは、ブログ「カレイドスコープ」さんのこちらの記事。
◎ バイデン副大統領-「目前の課題は新世界秩序の創造だ」 (ブログ「カレイドスコープ」より)
http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-2007.html
ブログ管理人のダンディハリマオさんも、「ここにきて、やっとアメリカの比較的、大手のメディアも、『新世界秩序(New World Order)』が実在し、それが作動していることを隠すことなく書くようになってきました」と、ちょっと感慨深げに書いておられるのが、印象的です^^:
“彼ら”国際金融資本家とその総帥も、各国上層銀行家や多国籍企業経営陣を手下として舞台裏で操作してばかりいるのもいいかげん飽き飽きしているでしょうから、そろそろ表舞台に顔を出して、全世界70億“人民”を眼下に拝跪させ、世界統治者(私流に言えば“世界管理者”)としての存在を誇示したくて、うずうずしていることでしょう。
・・・そう思ったとき、ふと、いま書いているある作物のなかで、ある登場人物が(原発の建ち並ぶとある海岸近くの堤防で釣りに興じる初老のおじさんですが^^:)、まだ年若い主人公にこうのたまわる場面とリンクしました。以下はその発言の要約。
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彼らの望む一つ目を頂点とするピラミッドが地球の(重力とスピンを特性とする準球体の)原理ではなく、その特性ゆえに時間もリニア(直線状)ではなく、地上に生起する事象も正反合のピラミッド風頂点指向型跛行展開の因果律によってはいない。
地球のより根源的な原理は、波動循環の土壌に咲き乱れる多様共生そのものであり、地上の事象はつねに2極点として同時存在することで生起し、対であり鏡像であるものとしてそれらは認識可能なものとなっている。(※)
よって、アジア古来の認識論である「陰陽」はその本質的意味合いにおいて、正しい。その2極を2極運動としてをダイナミックに捉えた「太極」もまた。ために、時間はもちろんラウンド(円環状)であり始めも終わりもない。リニアな時間も弁証法的認識も、この原理の一部を切り取ったにすぎない。そういう意味で間違っているとは言えいないが、全的に正しいともいえない。
ちなみに2極点は楕円を構成する2点でもあり、これは4次元領域においては回転する楕円体と捉えることができる。また、2点間はつねに伸縮してやむことがなく、かぎりなく球に近づくこともあれば、かぎりなくひも状になることもある。
しかも、回転する楕円体の表面は一見不規則に波立っている。そこにも波動と律動があり、それゆえに2極が存在する。これを極点とみなせば、同じく4次元に位相転移した形で上記のような可能となる。
このように、多次元的に重なり合った世界モデルでもあるのが、《波動循環》と《多様共生》であり、地球の原理も人間の眼と意識から捉えた4次元の視座において、この世界モデルの包摂されている。
そして、このような可変な、一種のモナド的なファクターが、相互にホロニックに結びついたものが世界モデルの全体像となる。そちろんそこには、1個の中心も、限界ある外壁もない。
(※)
ところで、ここで大いに気張った補足をすれば、一種の不可知論的観点から、宇宙あるいは「世界」は、“意味付け(負のエントロピー化)”された事象しか、意識のスクリーンに現前できない。つまり、眼には映らないし、他の感覚器官でも知覚されない。ゆえに、宇宙あるいは「世界」は、視覚的な比喩で言えば「色」であり、それ自体波動の一態様であることを意味している。同じ意味で、昨今注目浴びている「ブラックマター」も、それ自体としては現前(知覚)できない。
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なに言ってるのかさっぱりわかりませんねえ。アタマよさげなことをしゃべっているように見えてじつは悪いのが、こういう言説とそれを垂れる手合いの相場ですが^^;、じつは私はこの考えを全面的に支持します^^; 同類なので(苦笑)
惜しむらくは、この世界モデルのなかに、人間原理(人間存在)のうちの情念と欲望についての取り込み(評価)がされていないのが、ものたりない。それは主人公がオプションとして付加してゆくはずなのですが、はたしてできるかどうか・・・^^;
ま、それはさておき、なんでこんな出所怪しい引用を持ちだして来たかというと、“彼ら”がいよいよ我慢できずに表舞台に出てくるとなると、NWOのノボリを掲げて70億“人民”の前に姿を現した瞬間、“彼ら”のこよなく愛するそのアジェンダは終焉する、ということです。
なぜなら、舞台裏にい続けることで、2極点の一方として操作可能なわけで、表に出ることで、それを自ら破棄することになるわけだから。なぜそうなるか。一つ目のAll-Seeing Eyeが1極(点)であることを大前提しているから、表舞台に出る=ピラミッドの頂点に君臨すると宣言したときに、地球の根源的原理から瞬時に否定されることになる。
つまり言い換えれば、それは永遠に実現不可能、ということ。
ま、そんな妄想が浮かんだわけですが、NWOアジェンダがLD-Rosプロモートのリアルなプロジェクトで、《波動循環》+《多様共生》の、いわば「地球原理」とまで呼びたい想念は、ただの妄想にすぎないのか・・・うーむ、どっこいどっこいって気がするけどなあ・・・^^?
この世界モデルを世界観の基礎的岩盤として、減耗型政府発行貨幣(+その傘下の地域貨幣)そして(準)フリーエナジーを二層の土台とした「循環共生型社会」を構築すれば、さほどムリなく、NWOのような息苦しい“支配-被支配モデル”とはまったく異なる世界秩序のニューモデルを、、、形成できるはず。
2013-04-12
アメリカのTVでは、北の最新告知にちょっぴりナーバスに反応していますね。
小型弾頭を搭載した複数のミサイルを発射準備したとかとかなんとか言ったらしくて、これは聞き捨てならぬ、といった風情でした。
で、ブッシュさんと同じスカル &ボーンズ 出身のケリーさんがロンドンからの帰路で韓国へ飛んで、その後中国、日本と訪問するらしいので、われらが宗主国米様の仕込んだマッチポンプの線は、さすがにうすいような・・・。
もしそれでもマッチポンプとするならば、ちょっとナーバスな国内向けTV報道は、アメリカの軍事予算削減を阻止するためのPRとしかうけとられないけれども、それならこまれでのように、中東をもっと火事場にするほうがずっとインパクトがあるから、その線は考えにくい。
やはり、北は制御不能な状態にあるのかもしれない。なにをしでかすかわからないと、公式に言われているように。
あるいは、西の大陸国(のとりわけ満州軍閥陣営 )がウラから手を回してそそのかしている、といううがった見方があって、自分的にはこの線はまだ棄てきれないでますが、その際の大陸国のメリットはというと、北に恒例の酔狂を装わせて、米・日(・韓)の同盟関係に間接的な圧迫を加え、大陸国処遇への外交的牽制または取引材料のひとつとするもの。
しかしこれは、(それを臭わせるネット情報をつかめていない現状では、私個人の、中共中国に対する揺るぎない不信感と警戒心からくる)邪推の域をでないですね^^;
まあ邪推ついでにその上塗りをすると、北の酔狂を暴発までもっていって、複数の小型核弾頭搭載ミサイルを目障りな列島国にぶちこませても、かの国の得意とする三十六計 レベルの(低レベルな)発想からすれば(※1)、もとより我関せずであって、このような魑魅魍魎の絡まりと展開の想像もまた、ワタシ的には絵空事には思えない。いまのところ。
(※1)より具体的には「第三計 借刀殺人」がこれにあたる。また「第十四計 借屍還魂」がその舞台背景との位置を占めており、具体的には“北”を鉄砲玉として用いることを示唆している。
さて、そういう(邪推風味の^^;)観点からも、とりわけ首都東京は要警戒ですね。まあそうは言っても、日々の生活と仕事がだいじな一般市民が、そんな子どもじみた恫喝にいちいちびくついていてもしょうがないですけどね。そもそも、本気なら黙って打ち込むか発射直前に布告するだろうし。
どうも北は自国の存亡がまさに瀬戸際まできている、というか、現行の金王朝は早晩倒れると、自らの命運をみているのではないかな。ブログ「DARKNESS」さんが言うように 、(金王朝を)静かに眠らせてやるのがベストなのかもしれない。
ただ、そういう一点集中型独裁体制に限って、静かに眠ってくれないのが世の常ですが。その点、ミャンマーの軍事独裁政権は、ある意味、見事な“民主化”への転身を果たしましたね。あれは、伝統的な仏教的心性が基本に流れているからかな^^?
北の金王朝にはそれはない。ついでにいえば、その宗主国の中共中国も(※2)。そういう意味で、同じ穴の狢であり、どちらもミャンマーのような“華麗な^^:”民主化転換はできないし、しようとも思わない。すれば、現行のわかりやすいピラミッド型支配体制が、一気に崩壊してしまうだけ。崩れるときは早く、それゆえに、一点集中型独裁権力機構の内実は、脆い。宿命的な脆弱性を内包している。
(※2)一党独裁体制は集団的独裁ではあるけれども、13億人民中12億強を対置したときに 、一点集中型といっても的外れではないだろう。
そういう意味で、“民主的”であることは、かなり巧緻な統治システムを可能ならしめる。貨幣と情報とエネルギーと軍事力を“民主主義”なる表舞台の裏から支配し制御することを、そのシステムのコアなパートに組み込んでいるから。
でも、その幾分の“虚偽性^^:”を知りつつも、これ(“民主”の哲学的発想とそれを曲がりなりにも社会制度化した自治的統治システム)は、現人類の英知の結晶であり、最高の“発明”と言えるかもしれない。あとは、その線上にあるルネサンス以来の人間中心主義は「正しい」としても、同時に、地球によって生かされている、という事実を謙虚に受け止める姿勢がよりいっそう重要になるだろう。
人間中心主義から地球中心主義へ。といっても、いま席巻している“グローバリズム”というコーポラティズム(多国籍企業群と国際金融資本による搾取型統治システム)べースの一点集中型地球覇権主義(NWO)ではない、いわば「地球原理」的な、大小の自活するコロニーがノードとなって形成する情報網と交通網によってホロニックに交流する多様共生型世界の創生。
でもしかし・・・そんな社会って、基本的に「寡欲」と「利他」のつつましやかな心性と「自然環境は先代(先祖)からの預かり物」という自然に対する謙虚な発想(敬愛と畏怖の念)が要求されるので、やっぱり、三島さんのいう“human nature”を4060兆個 もの各細胞に宿している現人類としては、ムリな話だよなあ^^:;;
ことほどさように「適者生存」は手ごわい。DNAにがっつり染みついている(苦笑) これと連動して、ほとんどの多細胞生物に“なわばり”根性があるし、もちろん人類も強烈にもっている。それにこの根性は、一方で、「自己と他者」の観念にまで分け入る存在論的な話とも分かちがたく結びついている。
安部公房さんが、かつて分子生物学が巷間でもてはやされたころに、生物のナワバリ意識までもDNAレベルで解明されることにSF的な期待を見せていた気分が、よくわかります。もしそういうものがあれば・・・でもこれも両刃の剣かな。iPS細胞の利用がそういう側面をもっているように。
2013-04-14
ノワール風味な記事をもっぱらとするブログ「DARKNESS」さんのやや異色なこの記事 。
日本人と復活力。なるほど、そう言われればそうだなあ。世界標準で観れば、たしかにこの心的態度は、ユニークといえばユニークですね^^:
そういえば・・・循環共生型社会にはナイス・フィットの心性かもしれない(^^)v あとほかにも、「もったいない」とか「自然に融けこむ」とか「おもてなし」とか、いろいろフィットしそうな日本人の“心”が挙げられますね。
この御時世、“国際社会”(International community)がそうだから、依然としてエコノミックアニマル街道を突っ走るのもやむをえないけれども、皆さんそうとう息切れしているような気も・・・^^? 元気がいいのは、世界の1%未満のNWO陣営だけみたいな・・・?^^;
さて、上記の異色な記事に合わせて、もういちどこの記事の「2013-03-18の粘菌の部分」を再掲しておきます(^^)v
<以下再掲>
最近のTPP黒船騒動を見ていて、なんだかこの国の住民が、粘菌 のように思えてきました。粘菌のうちでも細胞性のユニークなやつ で、もちろん私もその一粒(国民の一人)です^^
TPPはたしかに黒船だと思います。
武士階級を頂点とした連邦国家型封建社会が、天皇を頂点とした議会制中央集権主義に一大転換したような驚くべき転変がこれから先、あのときほど急激にかつ苛烈にではなくても似たような“深度”でもって、上からというよりも生活の根っこから立ち昇ってくるでしょう・・・ね?
で、粘菌(細胞性) の話にもどると、『“裏切り者”が生き延びる粘菌の世界 』というタイトルの記事があって、なんでも「変異種は通常種が胞子になるのを抑え、柄細胞として命をささげるように仕向けていた」そうで^^;、うーむ、さすがNational Geographic好みの記事ですねえ^^:
で、これを読んで、そうか・・・と、この記事↓がアタマに浮かびました^^;
◎ TPP交渉参加直前の自民党議員たちのサル芝居 (ブログ「カレイドスコープ」より)
猿芝居をする5963な裏切者たち。これって自民党が昔から連綿とやってきた、伝統の儀式ですよね^^;
ただ・・・“裏切られた”農民たちも、じつはこの展開は見すかしているような印象を受けます。JA主催のデモは散見されても穏やかなもので、ムシロ旗が立つほどの激しい抗議活動は見られないので。
ちなみにこちらの動画 が、柄細胞と胞子のミラクルな関係を映写しています。なんど観てもそこはかとない感動を懐きます。いまの日本は140数年前の革命期と同じく、あるいは80年前の国際連盟を脱退した頃(文中「90兆円」はゼロが1個足りない^^;) と似た雰囲気があるなかで、“移動体”からいよいよ“子実体”になるべく国体(国がら)を切り替えたように感じられます。
もちろん、世界の孤児にはならない 方向で、底辺の“柄”に支えながら(≒犠牲にしながら)“胞子”を放つわけでしょうが、はたしてこれから先、宗主国米様の(かつての対ソのような対中共)フロントしてだけでなく、極東アジアに棲み生き続ける国と国民として、東アジア圏域での「融和的イニシアチブ」を握れるかどうか。このスタンスの成否が命運を握っているといえるでしょうね。
<再掲了>
うん、ペットを飼うなら粘菌にしたい。細胞性のやつ(笑)